第1部 自分の足で情報を取り、進路を決める~看護学を専攻後、新卒で民間企業就職へ~
- ななぱす 学生団体
- 2022年3月25日
- 読了時間: 7分
更新日:2022年8月10日
「新卒で民間企業に就職された先輩はどのように進路を決めたの?」と思ったことはありませんか? 今回、大学で看護学を専攻し卒業後は民間企業で営業と人事を経て、現在は新規事業開発に関わっている久保田彩乃さんにインタビューをさせていただきました。久保田さんのお人柄があふれる記事となっております。是非ご覧ください。 文章:アデリーヌ ⭐️インタビュイー紹介⭐️ 久保田 彩乃さん 名古屋大学医学部保健学科看護学専攻卒業。看護師国家資格取得済。新卒では株式会社リクルートキャリア(現:株式会社リクルート)に入社し、法人営業を経験。その後、転職し株式会社LITALICOに入社。中途採用・新卒採用担当を経て、現在は新規事業部門にて勤務。
⭐️大好きな祖母が進路選択のきっかけ⭐️
Q.なぜ看護学部に入られたのかについて教えて下さい。
A.私はおばあちゃんっ子でした。自分が祖母を好きだったのは、とてもアクティブでなんでもやる人だったからです。山奥の学校で給食を作っていて、何人分もの食事を職場では作り、帰宅してからも家族の食事を作り、加えて畑仕事もやるというパワフルな祖母でした。そんな祖母が病気になったことが『看護』という領域に進むきっかけとなりました。
祖母はある時、くも膜下出血で緊急搬送され、入院しました。退院した祖母は長期間の療養生活のために体力が落ちて、入院前ほどアクティブに活動することができなくなってしまいました。そんな自分が祖母も嫌だったようで、祖母は病気を機にネガティブになっていきました。私は祖母の様子を見ていて2つのことを疑問に思いました。1つ目は「身体が治ったはずなのに、好きだった祖母は何処に行ったのか?」ということです。2つ目は「健康って何だろう?」ということでした。
身体機能が回復して、病院や施設ではなく家族と一緒に生活できているのに全然幸せじゃなさそうじゃなかったんです。そこから「健康って何なんだろう?」と思い調べました。そこで、WHOの健康の定義にたどり着き、「これは面白い!健康とはこういうことだ!」と思ったことが始まりです。ここで私は『ウェルビーイング』に出会い、興味を持ちました。また、高校時代の担任の先生が青年海外協力隊として働かれていた経験があり、影響を受けて海外で働くことにも興味を持ちました。その先生に進路について相談したところ、「君は自分の強みとなる専門性を持った方がいいんじゃないか?」と言われたのを覚えています。そのアドバイスは自分でも納得がいきました。
以上から、『ウェルビーイングの領域に関われて、加えて海外でのキャリアが広がり、専門性が付きそうな領域』を探しました。医学部も考えていましたが、実家からの仕送りがあまり期待できず奨学金をいただいて進学をする必要があったことと、六年制で奨学金をもらえる場所はなく四年で切れてしまうものばかりだったことから医学部は違うなと考えました。そこで四年制で医学部と似たような分野を学べる看護学部に行くことを決めました。この頃から看護師より保健師への興味の方が強かったです。
Q.看護の道に行く人が多い中で自分は違うなと感じたり、疎外感を感じたりすることはありましたか?
A.自分は変わっているんだなと思うことはありましたが、よく考えてみたら看護学部にいる前から割と変わっているタイプだったので、またここでも変わっているんだなと思いました。疎外感は、感じていなかったです。自分の大学は看護師になりたい人が多かったですが、今でも仲良い大学の同期とは月1回オンライン飲みをするほど仲がいいです(笑) 疎外感を感じなかった理由として、自分のなかで自分のやりたいことの軸があったから感じなかったのかもしれないです。あとは人や環境に恵まれていたことかな。高校時代から将来は看護師にならないと思っていました。でも、そんな自分を受け入れてくれる先生と同級生たちに恵まれていました。「どこかで頑張っている子なんだ。あの子は」という感じで、程よい距離でみてもらっていました。

(インタビュー時の集合写真)
⭐️ミクロとマクロ両方の視点を持って働きたい⭐️
Q.なぜ保健師や海外での活動に興味があったにも関わらず民間企業という選択に至ったのかについて教えて下さい。
A.私がキャリア選択をするためにやったことは、自分の足で情報を取りに動いたことです。実際に国連やWHOで働いている人や、青年海外協力隊として現地で働いている人、そしてJICAの専門家など色んな人に話を聞きに行きました。『自分の興味のある所には、どこへでも聞きに行く。』そんなことを結構やりました。
まず、保健師を選択しなかった理由です。勉強していくうちに保健師という仕事は面白いけれど、保健師にならなくても近しい業務を行えることを知りました。また、保健師は所属組織の連携がとても重要で、所属した行政・企業・病院次第で、自分の関われる人が決まるように感じました。そのため、自分で対象となる人を開拓しにくいと考え、私のやりたいことからは制限があるように感じました。その時に保健師という選択肢が自分の中では無くなりました。
次に病院で看護師として働く選択をしなかった理由です。看護実習を経験した時、楽しさはもちろん感じたのですが、ワクワクはしない自分がいました。この活動は私にとっては『Interestingだけど、funではないな』と感じていました。 一方、アフリカへ行ったり、政策提言活動をしたり、国際協力の活動に関わったりしたのですが、そのような活動の方が私にとっては面白く感じたんです。このような活動は、お金を払ってでも本当にやりたいことだなと思いました。そのため、せっかく働くなら私は自分にとってワクワクする活動をしたいと思い、病院で看護師として働く選択はしませんでした。
ただ、その他にも進学、留学、公務員、NPO、民間企業など選択肢は沢山あって、その中で民間企業に行くと決めるのはすごく悩み、考えました。正直に言うと、消去法で民間企業を選んでいると思います。 まずは、ウェルビーイングについてより深く勉強したかったので「進学」は私の中の選択肢として大きかったです。しかし、当時は海外でウェルビーイングの論文検索をしてもあまり「これだ!」と思えるものが出てきませんでした。また、自分の言語力的にも経済的にも海外の大学院に行くことは難しかったため、日本の大学院で勉強することを考えました。その際に、当時の日本のウェルビーイングの論文はとても少なく、研究するということは自分が開拓者にならなければならないように感じてしまいました。私は研究をするよりも、ただウェルビーイングを学びたかったので、今すぐ進学しなくてもいいかなと思いました。いつか、この議題が成熟してくるときに、大学院に行こうと思いました。 次に「国際機関、NPO」に関してです。私は実際に国連やNPO等で働いている人に自分の足で話を聞きに行ったり、自分の目で実情を見に行きました。その中で、国連やWHOは全体的な制度としてどう変えていくかというシステムについて働きかける仕事が多いと思い、それは自分のやりたいことでしたが、一方で自分のやっていることがどこに影響しているのか見えにくいと思いました。逆にNPOとして現地でどこかの病院に勤務して働くことは、やりがいはありますが、実際にいくつかの国を訪問し目の前で人が亡くなっているという状況を目にした時、現地で活動することが私自身の考える世界を変える方法なのだろうかと疑問を感じました。 改めて考えてみると、私はミクロとマクロ両方に関わりたいと思っていました。そのため、国連とNPOの2つの生の情報を手に入れた時に、ミクロとマクロの両方にバランスよく関われる場所は当時の私にとってはNPO、国連のどちらでもないと思いました。
このように沢山情報収集をしていく中で、民間企業に入れば一個人としてある程度のシステムを作ることに関われ、かつ実践的に何かを変えることにも関われるのではないかと感じるようになり、民間企業という選択をしました。色々と考えてはいましたが、この時私は「とりあえず民間企業で働いてお金を稼いで、その後NPOに行ったり、大学院に進学すればいい!一旦やってみて違ったらやめよう。」とも、同時に考えていました。
⭐️インタビュイープロフィール⭐️

🌸久保田彩乃さん🌸
名古屋大学医学部保健学科看護学専攻卒業。看護師国家資格取得済。新卒では株式会社リクルートキャリア(現:株式会社リクルート)に入社し、法人営業を経験。その後、転職し株式会社LITALICOに入社。中途採用・新卒採用担当を経て、現在は新規事業部門にて勤務。
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